神様は二重人格ですか?「十字架の勘違い、パート2」


イエス様は、十字架の上で、神様に見捨てられなかったことを、前回紹介しました。
そのことによって、私たちも、絶対に、神様に見捨てられることはない、と確信を持つことができます。感謝ですね!
次のことは、似ていますが、少し違う角度から見てみたいと思います。

多くのクリスチャンは、神様、つまり天のお父さんとキリストは、十字架の上で、別れてしまったと思っています。
それだけではなく、地上を歩いている神様であるキリストは、天におられる神様と別の存在だと、多くのクリスチャンが何となく信じています。

また、旧約聖書の中には理解しにくい話が多くあります。
多くのクリスチャンは、はっきり言って、二重人格の神様を信じています。

旧約聖書に書かれている、怒りっぽい、人間をさばいて、人間を罰する神様と
新約聖書に書かれている、優しい、人を愛するイエス様。

それに加えて、多くの人は、怒りっぽい人間のお父さんのイメージに慣れていますので、天のお父さんも怒りっぽくて当然だと、密かに信じています。
そのために、天のお父さんとイエス様は、別々の存在ではないかと思って、神様の御性格に疑いを抱いています。

神様は、本当に良いお方なのか?本当に優しいお方ですか?近づいても大丈夫ですか?突然私のことを怒ったりすることはないですか?

神様は良いお方だと原則的に信じていますが、本当は少し疑いがあります。
怒りっぽいお父さんに近づきたいと思う子供が、どこにいるでしょうか?天のお父さんについての疑いを抱いたら、そのお父さんに近づかず、自分の思いと心の中、遠くからしか接することができません。

皆さんがもし、神様の本質についての疑問があれば、それを正直に認めてもいいですよ。

ただ、認めながら、御言葉を改めて見て、神様にその真理の道に導いていただきましょう。
クリスチャンの生活は、栄光から栄光へ。神様の素晴らしさの新しい啓示が私たち皆のために、待っています。
この十字架のメッセージを通して、あなたも私もどれほど天のお父さんに愛されているかをもっと知ることができるように祈っています。

神の本質の完全な現れ
素晴らしいニュースがあります。
ヘブル 1:3「御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現れであり…」

キリストイエスは、神様、つまり天のお父さんも、聖霊様も、完全に示してくださいました。
旧約聖書の中で、この「奥義」は隠されていました。

コロサイ 1:26「これは、多くの世代にわたって隠されていて、いま神の聖徒たちに現された奥義なのです。」

キリストが来る前の人々は、この奥義が分からなかったのです。隠されていました。
しかし、この現された奥義は、何ですか?
キリストイエスを通して、神様の本当の御性格が現されました。

皆さん、理解していただきたいことは、天のお父さん、聖霊様、そして御子キリストの御性格は、まったく一緒です。
三位一体の神様です。家族のように、お父さん、お母さん、子どもの3人ですが、一つの家族です。
まったく同じ御性格です。

旧約聖書に書かれている神様に疑いを持って、新約聖書を読むなら、躓きます。
旧約聖書を新約聖書に現されたイエス様を通して見なければなりません。
ビルジョンソン師がよく言います:「イエスキリストは、完全な神学です。」
その通りです。

十字架の話に戻りましょう。
イエス様が十字架につけられた時に、天のお父さんは、どこにおられましたか?
遠くから見ておられたでしょうか?
愛を持って、近くからイエス様を見ておられたでしょうか?  
いいえ、イエス様の中におられました!

十字架の直前のイエス様の話を見てみましょう。
ヨハネ 10:30「わたしと父とは一つです。」
ヨハネ 14:11「わたしが父におり、父がわたしにおられるとわたしが言うのを信じなさい。」
ヨハネ 17:11 イエス様が天のお父さんに祈りました:「…わたしたちと同様に、彼らが一つとなるためです。」
続けてその同じの祈りの最後に:
ヨハネ 17:22 「わたしたちが一つであるように、彼らも一つであるためです。」

そうです。天のお父さんは、御霊を通して、イエス様の中におられました。
イエス様を見捨てたこともなく、背を向けたこともなく、近くから見ておられただけでもなく、天のお父さんは、キリストの中におられ、一緒に十字架の上につけられました。

また、2コリント5:19 「神はキリストにおいて世をご自分に和解させました。」(口語訳55年)
英語の聖書の、「キリストにおいて」は、「キリストの中におられて」と訳されています。

天のお父さんを旧約聖書の話を通して理解するのではなく、キリストを通して旧約聖書を理解するのです。
旧約聖書には、不思議な話が多くあります。
私たちは、たとえ理解し難いことが有ったとしても、それでも構わないと考えられる意識を持っても大丈夫なのです。

全てを綺麗に片付けることは、できません。
不思議なことが多い。理解しにくいことも多い。矛盾しているように見えることも多い。
私たちが、そのようなことに直面するとき、すぐ片付けるために、変な解釈、神様の御性格と決めつける神学などを抱いてはいけません。
こういう言い方は、どうですか?

旧約聖書では、神様はこれこれしました。このように言われました。なぜだか分かりません。
しかし、イエス様は、このことを示してくださいました。イエス様は、神様の本質を完全に見せてくださいました。
つまり、旧約聖書の言葉をイエス様のメガネを通して見ることです。

罪人は神様の敵?
これに関する勘違いですが、旧約聖書を通して多くの人は、罪人は、神様の「敵」だと信じています。
これをイエス様の目を通して見ると、別の角度から見えます。

それは、まず神様が私たちを敵として見るのではなく、私たちがイエス様と出会う前に、自分を神様の敵だと思ってしまうことです。

コロサイ1:21「あなたがたも、かつては悪い行いをして神から離れ、心の中で神に敵対していた。」

以前説明したように、私たちは神様から離れることができないのなら、どうしてここには、「離れている」、また「敵対している」と書いてあるのでしょうか?
この節の中に、書いてある「心の中」だからです。
神様から離れていること、捨てられたこと、神様に敵対していることは全部、人間の立場、人の視野からのことです。
被害妄想です!
しかし、妄想は大きいですよ。
多くの人は、妄想によって生きています。数十年前の経験から自分について、また神様についての嘘を信じて、その妄想によって自分の人生を定義している人が、非常に多いのです。
だからこそ、イエス様の「悔い改め、つまり向きを直す」メッセージは大事です。
神様とその御国は遠いのではなく、近いのです!

聖なる陰謀があります!

ヨハネ5章のイエス様の言葉を見ましょう:
19 「まことに、まことに、あなたがたに告げます。子は、父がしておられることを見て行う以外には、自分からは何事も行うことができません。父がなさることは何でも、子も同様に行うのです。」
皆さん、天のお父さん、イエス様は、一緒です!

21「父が死人を生かし、いのちをお与えになるように、子もまた、与えたいと思う者にいのちを与えます。」
昔からの神様の心は、命を与えることです!創造のときから変わりません!
天のお父さんの心は、イエス様と同じように、命を与えること、癒しを与えることです。
もし旧約聖書に書かれている、神様の命令による虐殺の話が理解できなかったら、それをしばらく横に置いてください。イエス様のメガネを通して、現された本質、その明確な神の愛と命に目を留めましょう。
今後も、旧約聖書の理解しにくい言葉を見るかも知れませんが、今日はもっと大事なこと、天のお父さんの明確な本質を正しく理解しましょう。

22「また、父はだれをもさばかず、すべてのさばきを子にゆだねられました。」

じゃあ、イエス様には、すべての裁きが委ねられているなら、イエス様の裁きはどうなりますか?
ヨハネ 12:47「だれかが、わたしの言うことを聞いてそれを守らなくても、わたしはその人をさばきません。わたしは世をさばくために来たのではなく、世を救うために来たからです。」
ヨハネ 3:17「神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。」
え!?イエス様も、天のお父さんと同じように、もう人を裁きません!
どういうことですか?
裁きはもうないですか?
さばきの日はどうなりますか?
確実に、さばきの日はありますよ!しかし、その日はまだ来ていません。また、その裁きの日も、もしかしたら、私たちが考えている裁きと違うことだと思います。
「さばきの日」の意味を論争してもいいですが、今日は、恵みの日です!

次回、神様の怒りについて十字架を見てみましょう。
本当に神様の怒りが十字架につけられたイエス様に注がれたのでしょうか?

では、神様の恵みを楽しみながらこの一週間を過ごしてください。

「十字架の勘違い」パート1


今日は、十字架についてのいくつかの勘違いを見てみましょう。
十字架は、私達クリスチャンには、信仰の一番中心、一番美しいことであるべき、本当によく理解しなければならない事です。
今日からは、3回に分けて、神様の十字架の御業を見ましょう。

この話を通して、イエス様の十字架がどれほど素晴らしく、神様の愛はどれほど大きいのか、私たちがもっと理解できるように祈っています。
十字架の福音は、本当にそのまま、福、音:祝福の音、良い知らせ、グッドニュースだと確信が与えられますように。

まず、このような福音の伝え方を聞いたことがあるでしょうか?
私たち人間は、罪を犯しました。
神様は罪を見ることができず、神様は私たちを敵とみなし、私たちから離れてしまいました。
神様は、正義をもたらさなければならないので、裁判官のように、罪の罰を下さなければならない。
と同時に、神様は、私たちを愛してくださって、私たちのために、ご自分の御子キリストを送ってくださいました。
イエス様が、十字架につけられた時、私たちの罪を全部背負ってくださいました。
そのことによって、天のお父さんはご自分の息子、イエス様から背を向けられました。
神様ご自身が、私たちの上に下るべき天のお父さんの怒りが、変わりにイエス様の上に落ちました。
そのために、イエス様が死なれ、天のお父さんの怒りがなだめられました。

この話は、一部真理、一部勘違いです。
実は、この説は11世紀に広まって、刑罰代償説と言われ、現在のほとんどの福音派の教会が認める説ですが、その前の初代教会からほぼ1000年間の教会歴史の間では、信じてなかったことです。

この話を聞いて、そのまま受け入れた多くのクリスチャンは、神様について大きな疑問を抱いています。
今日は短く話しますが、皆さん、どうぞ今日の話の一つ一つのポイントを自分の聖書の学びの時、また小グループの時に、祈りながら、話し合って、調べてください。


1:「神様は、罪を見ることはできません。」
この考えは、ハバクク1:13 からきます。
預言者ハバククは、主に尋ねます:
「あなたの目はあまりきよくて、悪を見ず、労苦に目を留めることができないのでしょう。なぜ、裏切り者をながめておられるのですか。」

預言者は、混乱しています。
「神様!あなたは、聖いお方です。罪を見ることはできないでしょう!じゃあ、どうして罪人を見ておられますか?」

この御言葉の半分は、「神様は、悪を見ず、罪に目を留めることができない。」そのまま、よく間違えて引用されています。
しかし、その真理は何ですか?

神様は、罪人の友達、仲間、味方です。
ルカ7:34 
「また人の子がきて… 取税人や罪人の仲間だ…」

私たちが罪人の時から主が私たちを愛してくださいました。
ローマ 5:8
「しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。」

神様の完全な代表となるイエス様は、罪人と沢山の時間を過ごしました。
私たちが、まだ罪人の時に、神様が私たちを愛の目で見て、私たちを祝福しようとされました。
今でも、神様は未信者の友人、家族、知り合いの一人一人を愛の目で見て、祝福しようとしておられます。
また、私たちが今でも失敗して、罪を犯してしまったとしても、神様は目をそらすこともなく、離れることもなく、私たちがただ向き直して、その

素晴らしい恵みを受けるように、さらに続けて愛してくださっています。
みなさん、私たちも、未信者や罪人を神様の愛の目で見ていますか?

2:「イエス様は、十字架の上で、神様に見捨てられました。」
この勘違いは、イエス様の言葉に基づいています:
マルコ 15:34 
「そして、三時に、イエスは大声で、『エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ』と叫ばれた。それは訳すと『わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか』という意味である。」
その後すぐ、イエス様は、「完了した」と言われ、死なれました。(ヨハネ 19:30)

しかし、実はイエス様はここでは、詩篇22編の最初の節と最後の節を引用して、その詩篇全部を宣言しているという当時のユダヤ人の習慣にならって言われたのです。
 
詩篇 22:1 
「わが神、わが神。どうして、私をお見捨てになったのですか。」
そして、22編の最後の節:
31節
「主がなされたその救を後に生れる民にのべ伝えるでしょう。」(口語訳55年)

ヨハネの「完了した!」は、詩篇22編の「主がなされた。」と一緒です。

しかし、この詩篇を全部見る必要があります。22編は全部、苦しんでいる救い主の話です。これこそ、キリストの受難です。
             
まず、気づいていただきたいことは、
1節から21節まで、救い主は、完全に人間として敵に攻撃され、さげすまれ、拒絶されます。また神様にも「見捨てられた」気持ちを経験します。

十字架につけられる前のイエス様は、仲間に裏切られ、ゲツセマネの園で十字架のことを考え嘆かれました。そのすぐ後、悪い人の手に渡されて逮捕されました。イエス様は、その弟子たち、一番親しい友人たちに、捨てられました。

十字架に向かう道でも、十字架の上でも、イエス様は、完全に私たちが経験する苦しみと拒絶感を経験されました。
私たちと同じだけではなく、私たちとして、その全部を経験されました。
私たちに完全に同情できるだけではなく、私たちの代わりに、その全部を経験された救い主です。

イエス様は、人間に捨てらましたが、神様には、捨てられませんでした。
どうすればこれが分かりますか?

まず、その同じ詩篇 22編
24 「まことに、主は悩む者の悩みをさげすむことなく、いとうことなく、御顔を隠されもしなかった。むしろ、彼が助けを叫び求めたとき、聞いてくださった。」
また、
ヨハネ16章32節
「あなたがたが散らされて、それぞれ自分の家に帰り、わたしをひとり残す時が来ます… しかし、わたしはひとりではありません。父がわたしといっしょにおられるからです。」
また、イエス様は十字架の上で、祈られました。

ルカ 23:34 
十字架の上で、イエスはこう言われました。
「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」
イエス様が、天のお父さんに見捨てられたならば、どうして今イエス様は祈っておられるのでしょうか?

いや、イエス様は、十字架の前でも、その上でも、見捨てられた気持ちを経験されましたが、決して天のお父さんに見捨てられてはいなかったのです。

あなたも、わたしも、どんなことがあっても、人間に拒絶されても、神様に見捨てられたと感じても、実は、ぜったいに見捨てられていないのです。
例えば、私たちがひどい罪を犯しても、神様は、私たちから目をそらすこともなく、離れることはありません。
私たちがその素晴らしい赦しと恵みに向き直すように、招き、待っておられるだけです。

もう一度言います。
天のお父さんは、あなたの未信者の友人、親戚、知り合い、そして、神様のことをまだ認めていない全ての人を愛の目で見ておられます。
罪のどん底いる人、罪深い生活をしている人でも、神様が見ておられ、捨てはいないのです。

今回は、この二つの勘違いを見ました。
1:「神様は、罪を見ることはできない。」ではなく、愛の目で、罪深い人間を見ておられます。
2:「イエス様は、十字架の上で、神様に見捨てられた。」のではなく、天のお父さんは、イエス様から離れませんでした。

更に、十字架の素晴らしさに感動して、神様の愛と恵みはどれほど大きなものかを知ることができるように、祈っています。
また、毎日その豊かな恵みにとどまり、常に感謝して、本当に良い知らせ、福音を未信者に知らせることができるように、祈っています。

次回も、続けて、大きいな十字架の勘違いを見てみましょう:
・天のお父さんは、十字架の上におられるキリストから離れましたか?
・神様は、その怒りをイエス様に注がれ、それによってイエス様が死なれましたか?
・罪人は、神様の敵ですか?

を見てみましょう。

Mis-understandings of the Cross - Part 1
As followers of Christ, the cross is central to our faith and lives.
However, the doctrine of penal substitution that is believed and promoted by most evangelicals embraces some big misunderstandings. Believers who take this doctrine without examining it thoroughly may end up with some rather large doubts about the nature of God.
In these next three sessions we will take time to look at the cross and some of the common misunderstandings surrounding it.
Please follow up with your own reading and prayer of the relevant scriptures and once again worship God for the fullness of the cross!

「あなたは、恵みによって救われた罪人じゃないよ。」You Are NOT a Sinner Saved by Grace


エペソ1:1を読みましょう。
神のみこころによるキリスト・イエスの使徒パウロから、キリスト・イエスにある忠実なエペソの汚れた罪人たちへ。

え?違いますよね。罪人ではなく、聖徒と書いてあります。

そうです。
あなたは、恵みによって救われた罪人ではなく、罪人でしたが、あなたは、キリストを信じて、罪人の性質の自分が死にました。
あなたは、神様によって新しく生まれ変わり、キリストの中に置かれ、神の義となりました!

聖徒という言葉は、新約聖書の中、訳によって、45回~64回ぐらい使われています。その全部は、あなたについて使われています。

イエス様、パウロ、ヨハネの教えの流れを全部見て見ると、クリスチャンはもはや罪人ではなく、罪の奴隷ではなく、聖徒です。義人です。

言葉の定義
イエス様の十字架の働きの素晴らしさ、また、自分はその十字架によってどれ程新しくされたかをもっと理解し、信じて、感謝することができるように、少し私達の「肉」である罪の本質、と私達の肉体、つまりこの体、そして、私達の新しいキリストの本質を定義しましょう。

罪の本質
全ての人間には、生まれながらの罪の本質があります。これは、新改訳聖書には、「肉」として翻訳されています。
注意してください。新改訳と多くの日本語の聖書は本来のギリシア語(sarx サークス)、に忠実で、「罪の性質」と「肉体・体」にも同じ「肉」と言う原語が使われています。しかし、著者の考えは全然違います。他の訳、現代訳・リビングバイブルなどは、この「肉」の言葉を「古い人・古い性質」と訳していますし、英語の訳も、もっと明確に「罪の性質」と訳しています。

リビングバイブルには、こう書いてあります:
ローマ 7:5 
「あなたがたの古い性質がまだ生きていた時には、罪深い欲望があなたの内部で跳びはね、神様のご命令には何でも逆らい、罪深い行ないという、死に至る腐った実を結びました。」

新改訳と他の日本語訳は殆ど「肉」と訳しますが、この「肉」、またこの「死」も、肉体のことではなく、霊的な状態を表しています。

簡単に言いますと、この状態では「罪を犯すことは、自然、当然」の本質です。

肉体
この罪の本質の肉は、私達の肉体とは違います。
ギリシア語は同じ言語を使いますが、その意味の違いはかなり明確です。
たとえば、何回も、パウロは、あなたは「死んだ」と言います。もちろん、あなたの体が死んだのではなく、「罪の本質」、「古い人」が死にました。
そして、別の場所(ガラテヤ2:20)に、パウロが「今、私が肉にあって生きている」と言いますが、それは、罪の本質で生きているのではなく、この体が生きているということですね。
この肉体は、主の御霊の宮となる体です。体を大事にしてください!
(体自体が罪深いものではありません。この考え方は、グノーシス主義と言います。中世の教会に大きな影響を与えてしまいました。神様は全ての創造物をみて、「良し!」と宣言されました。)

キリストにある新しい性質
一番素晴らしいことは、私達はキリストの中にある新しい性質です。
ローマ 7:6 
「しかし、今は私たちの古い人(古い性質、罪の本質など)が死んで、それから解放されたので、律法を守るという古い方法ではなく、御霊によって生れ変った新しい人を強めていただくという方法で、主に仕えているのです。」

別の箇所で、
コロサイ 3:3
「あなたがたはすでに生れながらの利己的な性質に死んで、新しい命が与えられており、それはキリストと共に神のうちに内蔵されているからです。」

あなたの本質が変わりました!
この肉という古い罪の本質が死んで、あなたは、「キリストと共に神のうちに内蔵された」、と書いてあります。

「罪を犯すことは、自然、当然」の本質から、キリストの本質に変えられ、私達は、今神を愛すること、感謝すること、従うことの自然・当然の性格になりました。

天のお父さんはあなたを見ると、あなたの欠点、失敗、罪ではなく、あなたの新しい「キリストにある本質」に目を留めます。
そして、もちろん、私達は、毎日この「新しいキリストの本質」の知識の中に、また信仰の中に成長しています。

もう罪を犯すことはできません?
罪を犯すことは、できなくなった訳ではないが、罪を犯すことが不自然になりました。
また、罪を犯さない選択が毎回与えられています。
以前、罪を犯すのが当たり前、せずにいられない、仕方ない、罪を犯しても平気でしたが、今は、罪を犯したら、これは私の本当の性質ではないことの確信が与えられます。

本当のキリストの性質に、向き直るように心が向けられます。
もちろん、自由意志によって、その「確信」を無視して、神様の恵みに背向いて、続けて罪を犯すのは、私次第です。

その罪の結果は、私の体にも、こころ、思いにも、人間関係にも来るでしょう。
哀れみ深い神様は、私が目覚めて、自分のキリストにある性質を認め、イエス様の恵みに向き直すまで、待っておられます。

罪の性質のアイデンティティの悪い結果
自分はだれであるかと理解するのは大きなことです。

この表現もあります:
「信仰によって救われた罪人だと信じれば、あなたは、信仰によって罪を犯します。」

多くのクリスチャンは、
「救われた単なる罪人だ、ちっぽけな虫、床のチリ、ほこりに過ぎない者だ。」と偽りの謙遜を言っています。
こういう考え方には、大きな悪い結果があります。

1. 罪人は罪を犯す
まず、自分を罪人と呼ぶ人は、罪人のアイデンティティによって生きるのです。
罪人は何をする?罪を犯す!仕方ない、罪人だからね。いつも罪に注目していますからね。これは、大きな嘘で、言い訳です。

2. 罪人は、十字架を信じていない
次の悪い結果:
自分を罪人だと呼ぶクリスチャンは、神様の十字架の働きは不十分であると考え、それを信じています。
「はい、クリスチャンです。イエス様の十字架を信じます。しかし、まだ罪人ですから、まだまだ罪を犯しているので、何かしないといけない。」
えっ?この「何か」は何でしょうか?
キリストの十字架に足りないことは、何がある?十字架は不十分ですか?神様の恵みは足りないのですか?
このところで、自分の力を頼るようになります。宗教のルールや掟、つまり律法に戻ります。
自分中心の信仰生活に戻ってしまいます。

3.  証しには力がありません
もう一つ、罪人のアイデンティティを持つクリスチャンは、未信者の前で証しをする時、力がありません。

もちろん、私達クリスチャンは既に完全、完璧な人間になっているのではありません。
しかし、罪からの解放があります。
そのメッセージは、大事です!この世の人々は、罪の結果によって、苦しんでいます。生きている地獄を毎日経験している中で、救いを求めています。
その中で、多くの人は、宗教に走ります。自分の行動によって、自分を磨こうとすることは、宗教のもとです。
やがて、キリスト教も、自分を良くして、自分を変えようとする単なる宗教に過ぎないものとなってしまいます。
他の宗教と同じように、何となく良い人になろうとして、実際に罪に対しては、無力だ、というメッセージを伝えてしまいます。
しかし、私達は無力ではありません!
キリストのメッセージは、愛と受け入れだけではなく、自由と解放です。
罪の赦し、心の解放です。

4. 罪人は、神様の作品を侮辱します
友人は絵を描いています。
私が部屋に入ってきて、「おかしい!変な絵や!」と、その絵に向かって言ったら、その画家を誉めていますか?
全然、誉めていないよね。
じゃあ、どうして、私達が自分を見て、また他のクリスチャンをみて「罪人」だと簡単に言えるでしょうか?
これは、自分のこと、相手のことだけではなく、造り主の働きを侮辱しています。
本当の謙遜は、自分を低くすることではなく、自分を「正しい目」で見ることです。

罪の戦い?
では、いつまでも続けて罪と戦っているクリスチャン、なかなかその罪からの解放ができない信者は、どうしたらいいですか?

まず、理解することですね。
実は罪との戦いではありません。神様でも、あなたの罪を見ていません。
罪は既に十字架のゆえに、処分されました。
何と戦っているかと言いますと、敵の嘘、自分の肉体の中の悪いくせと習慣、そして心の傷と戦っているのです。

ここでは、3つの対策を短く紹介します:
1. ローマ5:5にあるように、聖霊によって、神の愛に留まっていますか?天のお父さんに完全に受け入れられ、愛されているというアイデンティティは、人生のもっとも大切なことです。
毎日、主の安息に休んでいますか?
2. 次に、敵の嘘を閉め出し、イエス様自身の真理を受け入れます。嘘をさらけ出して、真理と入れ替えてください。
今日の話しは、その一つ。「罪人アイデンティティ」の嘘を捨てて、自分は、キリストの中、神の義だという真理と入れ替えてください。一日中この真理を宣言して、感謝してください。時間を取って、この簡単な祈りをしてください。「主よ、私が信じている嘘を示してください。また、その嘘を閉め出す真理を教えてください。」主が教えてくださることを、書いて、聖書の言葉を読み、祈りながら、真理の宣言を作ってください。
偽りの謙遜が含まれている讃美歌もありますので、嘘の宣言、告白などに気を付けって下さい!
そして…
3. 兄弟姉妹との関係の中で、助け合いましょう。これこそ、教会の一番大事な役割です。集まって、建て前ではなく、本音を話し合って、本当の自分の現状を話し、祈り合ってください。
ガラテヤ 6:1
「愛する皆さん。 一人のクリスチャンが何かあやまち/罪を犯した場合、神様を敬っているあなたがたは、優しく謙遜な気持ちでその人を助け、正しい道に立ち返らせてやりなさい… 相手の悩み・重荷を共に背負い、そのようにして、キリスト様の命令に従いなさい。」
これは、クリスチャン生活の中で、よく忘れられている大きな鍵です。

ぜひ、皆さん、こういう助け合う、支え合う関係を大事にしてください。

最後に、
自分のアイデンティティを宣言する言葉を入れておきます。どうぞ、少し時間を取って、キリストの中のあなたの本当のアイデンティティを感謝してください。
また、SOZOの解放のミニストリーのリンクを下記に紹介します。興味があれば、ご覧下さい。

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宣言する言葉
キリストの中にある、あなたの新しいアイデンティティを感謝して宣言する御言葉、いろいろ紹介します:

ガラテヤ 2:20
「私の古い罪の性質のある自分は、キリストが十字架上で死なれた時、キリストと共に死にました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。今、私が肉体を持ってここに生きているのは、私を愛し、私のためにご自分のすべてを捧げてくださった神の御子を信じることによって、生かされているのです。」

コロサイ 3:3
一度死んだわけですから、この世に何の未練もないはずです。 あなたがたの真のいのちは、キリスト様と共に天の神様のもとにあるのです。

使徒 17:28
私たちは神様の中に生き、動き、存在しているのです。 

エペソ 2:6
そして、キリスト様と共に、墓の中から栄光へと、引き上げてくださいました。 その天の領域で、私たちはキリスト様と共に、席に着いているのです。 これはすべて、キリスト・イエスが成し遂げてくださったわざに基づいているのです。

You're Not a Sinner Saved By Grace!
Some my think the difference trivial, but living with an identity as a “sinner, saved by grace” rather than a ex-sinner who is now the Righteousness of God in Christ Jesus can have huge influence on our lives. This false humility based in humanism rather than scripture keeps many Japanese Christians bound to an old covenant identity, and constantly struggling against something that Christ has already dealt with at the cross.
This brief teaching addresses this issue head-on.
Please pray for the church in Japan to be set free into the fullness of their identity in Christ!

シンディー・ジェコブスによる報告

ACPE(Apostolic Council of Prophetic Elders)は1999年から毎年、新しい年を迎えるにあたって会合を開き、主からのことばを祈り求めています。これは使徒13:1-3で弟子たちがしたことに倣うものです。
それと共に重要なこととして、預言のことばの中の神の裁きは、とりなしの祈りによって軽減されたり、或いは全面的に回避することが出来ることを申し上げておきます。

2015年:方向転換の年

今年はたつまきの年のように見える年になりますが 、神はご自分の民に 再調整(recalibrate)する機会を与えてくださいます。Recalibrateという言葉には「途中で正す、改変する、修正する、変更する、変革する、刷新する、転換する」という意味があります。

たつまきに巻き込まれたとき、あなたは上に挙げた全部のことをしなければならないかもしれません。すばらしいことに、神はあなたの状況を全く新しいレベルに引き上げるために必要な油注ぎ、知恵、超自然的な力を解き放ってくださいます。

揺さぶりやたつまきの中では、神は往々にして普段とは違う方法で語られることを心に留めてください。それは時として「recalibrateせよ」との言葉です。

今年は神があなたの叫びを聞いてくださる年です。2列王記20:1-11にヘゼキヤは死ぬと言われましたが、彼は壁に顔を向けて神に叫び、あと15年の命を受けました。へゼキヤは死から命へと方向転換したのです。
病気に関する悪い知らせを受け取った人に、病と戦うための新しい恵みの力が注がれます。猛烈に激動する今シーズン、神の御顔を求める者には、絶望的な状況をも転換するための戦略が与えられます。 不可能とも思えるあなたの状況を神は転換させます。

安息

ユダヤ暦で毎月15日は安息を表しています。安息日に休息することが新たに強調されます。一人ひとりが今シーズン、どのように安息に入ればよいかを主に聞く必要があることを預言者たちは警告しています。ある人にとってそれはサバティカル(安息年)をとることでしょう。

又、ある人にとっては、スケジュールを調整して日曜日には働かないようにすることでしょう。またある人にとっては仕事の量やスケジュールを軽減することでしょう。すべての人が、何らかの形で、自分の生活様式を変えて安息に入る必要があります。そうすることによって、あなたが先のシーズンに直面した巨人を征服し新しいシーズンのための新たな力を得ることができます。

今年はユダヤの伝統ではシェミタの年にあたっています。即ち、農業の7年のサイクルの7年目、安息の年です。ですから休息の必要が例年よりも特に強調されます。ある人にとって真の安息であることも、又別の人にとっては安息にはならないかもしれません。

「5」という数は聖書では恵みを表しています。たつまきの最中に特別の恵みが与えられるでしょう。
神があなたに与えられた中心的な達成課題からあなたを引き離そうと妨害するものを避けてください。それは次のように言い表すことも出来ます。すなわち、神があなたに責任を持たせていない仕事をしないでくださいと言うことです。なぜならそれをすれば、神が責任を持って成し遂げるようにとあなたに与えた仕事を優秀な形で達成するための力を妨げることになるからです。あなたの周りにはあなたを混乱させるような渦巻きが起りますが、あなたは神から与えられた仕事から決して引き離されてはなりません。

ユダヤ暦では今年は5775年です。「5」という数が2つあるのは、二重の恵み、或いは2倍の恵みを表しています。今年は去年に引き続いて2倍に与えられる年です。成就、完成、達成のための恵みが与えられることを信じてください。
再び言いますが、たつまきと試煉の真っただ中において、 あなたが解放されるための鍵は礼拝、ワーシップです!

神による真夜中の方向転換

今年は神による真夜中の転換の年です。今まであったものとこれから来るものの間には大きなコントラストがあります。真夜中の時間とは、私たちが神を信じるか悪魔を信じるかを選び取らねばならない真っ暗な時です。それはあなたが「神は真実なお方です」と言い続けるか、もしくは自分の感情に押し流されて信仰がくじけるかの分かれ目なのです。

パウロとシラスは鎖につながれていたときに神を礼拝しました。そして真夜中に神は彼らに転換を与えられました。(使徒16:25)主は真夜中にあなたの鎖を解き放ってくださるのです!
サムソンは真夜中まで寝ていましたが、起き上がって町の門のとびらを引き抜きました。(士師記16:3)真夜中に超自然的な力が与えられるのです!
エジプト人からの解放は真夜中に起りました。(出エジプト11:4)主はあなたのために真夜中に動かれます。あなたを圧迫するどのような者からもあなたは解放されるでしょう!

ルツは親類であり、又彼女を買い戻す(救い主としての)権利を持つボアズの心を真夜中に変えました。(ルツ3:8)主はご自身をあなたの親類、又救い主として顕されるでしょう! これは家系の遺産 generational inheritance の回復を表しています。結婚ができないと失望している人たちがいますが、多くの人に「ボアズ」が今シーズンはっきり現れるでしょう。

次のシーズンへと移っていく真夜中の時に、私たちが堅く立つことを主は要求されます。私たちは最早、古いシーズンにとどまることは出来ません。上記の「recalibrate 」という言葉は、さなぎが蝶になるほどの変革を示しています。「あがき苦しむ」という行為を伴うという点で、これはふさわしい表現でしょう。

敵の策略は敵の頭上に

エステル記9:1-4には、神が御民に与えた敵の策略が逆転したことが書かれています。興味あることに、一節にあるヘブル語で「転ずる」という意味の単語は、ストロングのコンコーダンスでは2015番です!それは「ひっくり返す、向きを変える、逆にする、転換する」という意味をもっています。 今年は神が向きを変えてくださる年です。聖書の中で15という数は、「勝利」と「収穫」に関連しています。仮庵の祭りや種なしパンの祝い、プリムはすべて月の15日から行われます。エステル記9:24-26には、ユダヤ人の敵であるハマンの悪い計略が彼の頭上に返って来たとあります。これはユダヤ人にとっての「真夜中」に神が起した逆転劇でした!敵はあなたに対してどんな策略を立てていますか?それは方向転換して敵の頭上に返って行きます!

教会

私たちは今、これまで何年も預言されてきた「ジーザス・ピープル・ムーブメント」の中に現に入っています。魂の大収穫が今起こっていて、それと共に霊的大覚醒が起っています。

今は神が教会に 伝道者と伝道活動の新たな波を解き放っている時代です。リバイバリストが再び路傍に出て行き、大いなる超自然的力を顕すときです。

伝道者の役割が教会でもっと強調されねばならないと、主が勧告されました。それと共に、説教においても社会派的福音から超自然的福音を強調するシフトが起こるでしょう。神は奇蹟を働かせる力をもって突如として教会に現れる用意をされています。それと対になって、同情と憐れみによる働きが教会から流れ出ます。教会は貧しい人を心に留め、神の愛は傷ついた人びとの人生に届きます。又、神の民を偶像礼拝から導き出し解放する者たちがモーセのように現れます。
 私たち預言者は全員一致して、教会の中のまどわしに警戒するように主が強く警告されているのを感じました。多くの者が自分の肉の欲を満たすために自ら惑わされて行きます。

教会は霊的戦いをすることを再び学び始めます。多くの者が再び教壇から霊的戦いについて教えるようになります。教会は現在のカルチャーの暗やみの中に、新しいレベルで明るい光として輝きます。
新しい祈りのムーブメントが起り、その祈りはなまぬるいキリスト教から教会を抜け出させます。

教会は新しいレベルの成熟度に達します。「御国」についての教えがなされるので、社会の様々な分野に福音が届き、それによって国々が主のもとに帰る動きがますます起っています。

イスラエル

今はユダヤ人の魂の収穫が始まる時です。ユダヤ人とアラブ人の両方から大胆な証し人が起こります。

アメリカ合衆国

主はこれから起ころうとしている「揺さぶり」を用いられます。それには更なる国内での攻撃もあります。人びとを揺り動かし、神を必要としていることを彼らに目覚めさせます。これは寄せては又返ってくる波のように何度も起ります。
クリスチャンは自分の信仰の証を大胆にするようになり、今の時代のカルチャーと非常に対立する立場をとります。神の価値観をもった映画をつくるプロジューサーが更に増えます。そして人びとの嗜好が変化するので、ハリウッドはサタン的な映画の興行成績が不振になります。
ニュースメディアの分野においても、これから増々クリスチャンが顕著な力を持つようになり、義が影響を及ぼすようになります。
アメリカ合衆国は義にむかって方向転換するチャンスをあと1シーズン与えられています。ヨーロッパに対する預言の中にあるように、アメリカに影響を及ぼす経済的揺さぶりがヨーロッパで起ります。しかし、多くの祈りのグループがこの警告に耳を傾け祈っています。祈りによって経済的揺さぶりは大いに軽減されると私たちは感じます。第二歴代誌7:14は、国家的経済、並びに個人的経済に今も適応すると信じます。
神の油注ぎを受けた新しい法律家たちが立ち上がり、国の法律のシステムの流れの方向を変え始めます。

腐敗が国家的レベルで暴露されます。ペンタゴンと国会で暴露され、それは共和党と民主党の両方で起ります。

カナダ

カナダのために増々目を覚まして見張るようにと示されました。カナダは、ISISやイスラム原理主義の人たちに福音を伝える働きの鍵となります。

ラテンアメリカ

ラテンアメリカにおける共産主義の力は弱まり始めます。ラテンアメリカの人びとは、 極端な左翼的政府から中庸なシステムへと流れをシフトし始めます。

ヨーロッパ

ヨーロッパに経済的揺さぶりが起り、それがアメリカの経済にも影響を与えます。しかし、それは2008年に起った経済破綻のようなレベルではありません。これは2015年の秋に起るかもしれませんが、人びとの祈りによって遅延させることができます。しかしいつかは起ります。
再度申し上げますが、負債や負債の悪循環から抜け出すための方法を神に求める者には、超自然的な知恵が与えられます。
この中にあって、ヨーロッパを再び福音化する動きが始まります。神は、振るわれ苦しむヨーロッパの人たちの祈りを聞き始められます。そして神は彼らの祈りに応えられる準備に入ります。

フランス

フランスに住むラテンアメリカ人が、フランスにリバイバルを起こすための大きな役割を果たします。フランスは霊的覚醒を経験し始めますが、それは揺さぶりが続く中に起ります。ISIS関連のグループからのテロに対して祈り続けるようにと祈りの家に警告があります。

スペイン

スペインもラテンアメリカと同様に霊的覚醒のために神によって用いられます。

ロシア

熊であるロシアは、他の国々に対して自分の力を試す行為を続けます。アラスカとアリューシャンの島々は警戒が必要です。帝国主義の霊が放たれました。しかし、ロシアのキリストのからだは、共産主義が倒れた後に起ったような神の力強いムーブメントを再び見ます。再び神の力の波が地を覆います。

ウクライナ

ロシアとの深刻な問題によって教会に大きな一致がもたらされます。大きな伝道集会のために多くの協力体制がとられます。

日本

新しい若い日本のリバイバリストたちの中に神が力をもって働かれます。そして、かつては伝道が困難であったこの国で、大いなる魂の収穫が起ります。

中東

ISISは、しばらくは今のまま勢力を伸ばしていきます。しかしそれとは対照的に、彼らの邪悪さが人びとに福音への心を開かせ、多くの人たちがキリストに助けを求めます。ISISに参加するために自分の国を出た人たちの中からは、キリストに従う者となり中東に福音を伝え始める者が起ります。

預言者に対する主のことば

私たち預言者も聖霊から警告を受けました。これから起る揺さぶりとつむじ風のシーズンの中で預言する時は、主から受けたことばを大きな愛をもって語ることを心がけねばならないということです。

方向転換のための宣言

「私は安息に入ります。ですからストレスが原因で起る以下のすべての問題から癒されることを宣言します。
鬱、心配、不眠、高血圧、胃酸過多、ストレスによる心臓の問題。
私は繁栄し、すべての負債を返済します。逆転の年、私は負債から抜け出るプランを神から受け取ります。

私は信仰において新しいレベルに進みます。貧困が私を捕らえることはありません。

私を訴えるすべての裁判、仕事上の問題は逆転します。」(終り)

「悔いのない悔い改め!」 Repentance Without Regret


「悔い改めなさい!」は、キリスト教でよく聞く戒めのひとつですね。

旧約聖書から新約聖書まで、「悔い改める」という言葉は、日本語の聖書の訳によりますが、多くて150カ所で使われています。
この「悔い改め」という日本語は、新約聖書ギリシャ語のメタノイアの訳語です。
イエス様が実際に使った言葉はおそらく、ヘブライ語の「シューブー」と考えられます。

日本語でいう「悔い改める」の背景を理解しましょう。
これは、日本特有のキリスト教用語です。
キリスト教が初めて日本に伝来した際に、聖書の訳者が造語をつくり選択した言葉です。
これは私見ですが、この言葉が選択された背景には訳者の神学の見解や日本の文化からの影響が大きいと考えます。

面白いことですが、旧約聖書、新約聖書どちらの言語にも
悔いること
後悔すること
という意味はありません。

ここで、イエス様が初めてこの言葉を使った場面に注目してみましょう。

マタイ4:17
そのときから、イエスは、「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言って、宣べ伝え始められた。 
イエス様は、福音、つまり良い知らせを伝え始められたとき、この「悔い改め」のメッセージでスタートしました。

しかし、これは矛盾していないでしょうか?
悔いること、後悔することは、良い知らせではありません。
だれにでも後悔することはできますし、大勢の人が毎日後悔しています。

良い知らせとは、新しい選択があることなのです。後悔すること以外の選択がある。悔いることをしなくてもいい、これこそ、良い知らせです!

その当時、イエス様が使ったヘブライ語の「シューブー」は、簡単に言いますと、向きを直す、向き直れという意味です。
つまり、他の選択に目を向けることは可能なのです。

もちろん、時として悲しむことは人生において大事なことです。
イエス様を信頼する時に、過去の失敗や罪などを思い起こして後悔するのは当然です。
私達は、信じた嘘や無駄にした時間の大きさを実感するときに、人を傷つけた大きさに気づきます。
自分の自己中心に目覚めたら、悲しむこと、悔いることは当然ですよね。
深く悲しんで、泣き崩れることもあるかもしれません。

しかし、詩篇30:5節
その怒りはただ、つかの間、その恵みは、命の限り長いからである。
夜は、泣き悲しんでも、朝と共に、喜びが来る。
悲しむことがあっても、それは一瞬です。喜びは、私達の常です。

こんなイメージを描いてみてください。

ショッピングセンターの中を歩くお父さんと小さい子供がいます。
人が多くてごみごみしているので、子供は不安になって、あわててしまいます。
そのうち、お父さんから目が離れてしまい、知らない人が目の前でバタバタするのを見て子供は怖くなります。
実は、お父さんはすぐ近くにいるのに、目をそらし見失ったために怖くなって泣き出す子供。
お父さんが子供の名前を呼ぶと、子供は向き直り、お父さんのほうを見て安心し、ニコニコ笑ってお父さんに抱いてもらおうと手を上げます。

一瞬、悲しんだ子供が、お父さんの存在と愛によって癒され、安心して喜ぶことが出来ました。

実際にはお父さんから離れてしまったわけではありませんでした。子供が離れたと感じて怖くなりました。

お父さんはずっとそばにいました。

でも、子供には選択がありました。
お父さんから目を離して怖くなった時に、「ああ、しまった!失敗した。どうしよう?!お父さんが見えなくなった!目を話さなければよかった。」と考え込んでずっと悔やみつづけるか、お父さんの声に応えて向きを直し、お父さんに抱っこしてもらうことか。

みなさん、向きを直すことと、悔い改めることは、違います。
少々のニュアンスの違いどころではなく、まったく異なることなのです!

この二つを比べてみましょう。

悔いることは、悲しむことに基づきます。
向き直ることは、喜ぶことに基づきます。

後悔することは、自分中心です。
向き直すことは、イエス様中心です。

後悔することによって、心が病む。
向き直すことによって、解放されて、心が癒される。

悔いることは、毎日できない。
向きを直すことは、いつでもできる。

自分の悪いところに目を留めているから、自分の失敗、自分の弱さ、自分の罪、自分の足りなさに、目が留まる。
向きを直すことは、自分から目を離して、イエスに目を留めることです。
自分の足りなさではなく、イエス様の満ちあふれる、いつでも、どこでも、足りている十字架の恵みと憐れみに目を留めることです。

悔いることは、毎日できない。
向きを直すことは、いつでもできる。
毎日悔いていると心が疲れてしまいます。自分の失敗に目を留めて、落ち込んで、鬱になるかもしれません。
しかし、向きを直すことはいつでもできます!
向き直すことはこの御言葉に基づいています。
ヘブル 12:2
「信仰の創始者、また完成者であるイエスにしっかりと目を留めつつ、走り続けましょう。」
ヨハネ 15:4
「わたしにとどまりなさい。わたしも、あなたがたの中にとどまります。・・・わたしにとどまっていなければ、実を結ぶことはできません。」

最後に、聖書から一つの具体例を見てみましょう。
十字架の前に、ペテロは大きな失敗をしました。
イエス様を知っていることを3度も否定しました。
その夜、自分の失敗、罪に気付いたとき、彼は激しく泣き崩れて、本当に後悔しました。
その失敗は余りにも大きくて、その後悔は一晩ではなく、一週間どころか、ずっと続いて重荷となり、彼に のしかかりました。

しかし、数週間後に、イエス様はペテロと2人きりで話すチャンスをもたれました。
その時に、イエス様は何を言われましたか?

まず、ペテロ、お前は、私を愛しているかい?とイエス様は3回同じ質問をします。
3回目に聞かれたとき、ペテロは心を痛めたと聖書には書かれています。

なぜでしょう?

後悔することで、自分の失敗を悲しんでいることで、ペテロは深く傷ついている。
しかし、イエス様はやさしくペテロに接し、彼が本来の生きる目的に目を留めるように、向きを直されようとしています。
「私を愛しているかい?」
つまり、すべては、私との関係に基づいているよ、とイエス様は強調しておられるのです。
また、「私の子羊を養いなさい」、「私の羊を飼いなさい。」
イエス様は、ペテロがもう一度イエス様にある目的、その召しに目を向きを直すことを促しているのです。

結論:
みなさん、クリスチャンの信仰生活の中心は、悲しむこと、悔いること、後悔することではなく、喜びを持って、常にイエス様に目を留めて、必要なら向きを変えることです。
もちろん、悲しむ事もある。一瞬、一晩。
しかし、イエス様の素晴らしさを見ることで、私たちは悔いる事と後悔する事から解放されるのです!

過去はイエス様の十字架によって聖められました!消えています。もはや存在していません。
イエス様ご自身も そのことを忘れて下さっています。
私たちは後ろを向いたまま 立ち止まるのではなく、前を向いて進むのです。
世界やこの世の考え方は、後悔は つきまとうものというのです。
イエス様と出会う前は後悔は山ほどありました。
私たちクリスチャンが未信者に与えられる贈り物は、悔いのない希望です。

実践:
では、実践しましょう。

  • 少し時間を取って、イエス様にまだ手放していない、過去の後悔あれば、聖霊様に示していただきましょう。
  • もし何か示してくださったら、一つ一つの後悔を手放して、そのこと、その罪などが、すでに十字架につけられたことを感謝しましょう。
  • そして、そのこと入れ替える赦し、真理、希望、約束、をイエス様からいただきましょう。
  • 主が示してくださる約束とみ言葉を書き留めてください。
  • そして、今から、その後悔の気持ちがもしよみがえって来るなら、イエス様の真理と約束の言葉を感謝して宣言してください。



[English]

Repentance Without Regret

The Japanese word for repentance in the Bible is kui-aratameru, with the word kui meaning to regret. 
However, I believe the choice of this Japanese translation for the original word reflects the culture and religion of the translators. 
The original word does not have any meaning of regret included in it. This brief teaching looks at the real meaning of the original Hebrew and Greek and encourages believers to "turn towards" Christ and his freedom with joy and expectation.

Jef Linscott
ONFIRE JAPAN



「神を愛することは、一番じゃない!」 Loving God is NOT the most important thing




クリスチャン生活の中で、最も大切な事は何でしょうか?

多くのクリスチャンは、この質問を聞くと、「当たり前!神を愛することだ!」と答えます。もちろん、その理由は、イエス様の言葉ですね。

しかし、クリスチャン生活には、もっと大切な事があると思います。

心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛することよりも、遥かに大切な事があります。

そのことを紹介する前に、このイエス様のことば、「神を愛せよ。」の聖書の言葉をもう一度見てみましょう。

マタイ22章、マルコ12章、にある有名な話しですね。
では、マタイ22章を見ましょう:
35節
「そして、彼らのうちのひとりの律法の専門家が、イエスをためそうとして、尋ねた。
36 「先生。律法の中で、一番大切な戒めはどれですか。」
37 そこで、イエスは彼に言われた。「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』
38 これが大切な第一の戒めです。
39 『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』という第二の戒めも、それと同じように大切です。
40 律法全体と預言者とが、この二つの戒めにかかっているのです。」

イエス様が申命記を引用しています。
申命記 6:
4 聞きなさい。イスラエル。主は私たちの神。主は、ただひとりである。
5 心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。

しかし、この話しの背景を考慮する必要があります。

部分的に見てみましょう:

35節、「そして、彼らのうち:
この彼らは、パリサイ人のことです。その当時のユダヤ教の宗教学者ですね。

理解して頂きたい事は、イエス様の時代のユダヤ人は、ただ旧約聖書にある律法を信じていただけではなく、多くの様々なルールが足され、人間の伝統やしきたりに溢れる宗教を信じていました。
パリサイ人は、その当時のユダヤ教の学者として、一番勤勉な人達でした。と同時に、イエス様が一番戒めた人は、このパリサイ人でした。

多くのクリスチャンは、イエス様の時代のユダヤ教は、純粋な旧約聖書の信仰と思っていますが、そうではありませんでした。
もちろん、本当に素直に神様を愛する宗教者もいたし、偽善者も多くいました。
それらが混在していました。だから、私達が福音書のイエス様の話しを読むときは、誰に対して語っておられる場面なのかを理解する必要があります。

イエス様は、律法を信じ、律法を通して、自分が義として認められると信じ、願っている宗教者に語っているケースが多いのです。

まず、イエス様は、こうような宗教者に語っている事を覚えてください。

次に、彼らの質問を見ましょう:
「律法の中で、一番大切な戒めはどれですか?」

律法の話しです。旧約の戒めの話しです。
当時のユダヤ教には、600以上の律法があったそうです。その多くの律法の中で、一番大事なのは、どれですか?と聞きに来たのです。
そんなに沢山ルールがある宗教ならば、あなたも一番大事なものを知りたいでしょう!

次に、イエス様が答え、申命記6章の言葉を引用して、「律法全体と預言者とが」、この二つの戒めにかかっていると言われました。

律法と預言者がこのルールにかかっています。
別の箇所で、イエス様は、面白いことを言っておられます。

ルカ 16:16 律法と預言者はヨハネまでです。それ以来、神の国の福音は宣べ伝えられ、だれもかれも、無理にでも、これに入ろうとしています。

律法は、閉鎖的です。つまり、人を閉め出します。律法を守らない人は、閉め出されています。
しかし、神の御国の福音は、受容的です。つまり、人を受け入れます。だれもかれも、イエス様を通して神の御国に入ることができるのです。

律法も、旧約の預言者は、バプテスマのヨハネまででした。
彼の後、律法は無くなったのではなく、イエス様にあって成就されたのです。
ルカ16:17「たとい天地が滅びようと、神の律法はびくともしないのです。」

では、イエス様がこの律法を、ご自身で成就したならば、一番大事なのは何でしょうか?

そのヒントは、この言葉にあります。
ヨハネ 13:34 あなたがたに、新しい戒めを与えましょう。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。

イエス様が愛し合うことを強調しています。しかし、この「互いに愛し合いなさい。」ということは、新しいことですか?
「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ」という第二の戒めもありましたね?

いや、細かく見たら、全然違います。そして、これは本当に素晴らしい知らせです!
「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ」は、自分の愛、人間の愛にかかっています!

私があなたを愛したように、は、イエス様の愛にかかっています!
イエス様の十字架の働きが中心です。

旧約は、自分を愛するように、人を愛そうとします。
これには、大きな問題があります:自分が嫌いな人は、どうしましょう?!

自分が愛せない人は、どうやって他の人を愛せるでしょうか?でも、これこそ、この世の現状です。
カウンセリングをされている方は、このことがよく分ります。
余りにも傷つき、他の人を愛する余裕が全然ない人が沢山います。教会の中でもそうです。
または、健全な人、割と良い関係を持っている人でも、いろいろなプレッシャーやストレスが襲ってくると、忍耐が無くなり、周りの人を愛することができなくなり、逆に傷つけてしまうような事もあります。

旧約は、自分の能力にかかっています。
宗教も、自分を変えること、自分を磨くために存在しています。

しかし、旧約の目的は、人間が無力だということを、私達が悟るためです。
救い主が必要!自分ではできません。

ああ、イエス様に頼るしかない!
自分を救う事の出来ない私達のために、私達を無条件、無限の愛で愛しておられる天のお父さんが、イエス様を送り、私達を救ってくださいました。

この愛を頂くこと、受けること、覚える事、この愛に留まること、浸る事、感謝する事、賛美する事、これこそ、新約に生きる私達にとって一番大切なことです。
「自分の力、能力、知恵によらず、神の御霊によるのです。」(ゼカリヤ 4:6)

ローマ5:5、どのように多くの試練を乗り越えて、希望を持つことができるのでしょうか?

リビングバイブルによると、
「神様がどんなに深く愛していてくださるか、わかるからです。 私たちは、そのあたたかい愛を全身で感じています。 それは、神様が聖霊様を与えてくださり、その聖霊様が私たちの心に、神様の愛を満たしてくださっているからです。」

「実践」
今日、皆さん、この愛を頂きましょう
今、少し時間を取ります。一生懸命祈らなくても良いです。沢山のことばを使わなくても良いです。ただ、聖霊様を歓迎し、イエス様を通して、天のお父さんの愛が与えられていることを感謝して、頂きましょう。
安息:平安の息を吸いましょう。
息を吸う事、それくらい簡単です。

祈りましょう。
天のお父さん、
旧約には、頑張って神様を愛する事、また、自分のように、隣人を愛することが一番でしたが、イエス様がその律法をご自分の体をもって、成就してくださって、ありがとうございました。

(このビデオの後、どうぞ、少し時間を取って、伸子さんのビデオでも、静かな音楽でも使って天のお父さんの愛に浸ってください。)https://www.youtube.com/watch?v=SQWgsoRZ0To


[English]
Loving God is NOT the most important thing
Brief explanation:
Many new covenant believers think that the greatest thing is to love God with all their heart, mind, soul and strength. However, Jesus was quoting old covenant law and speaking to teachers of the law when he spoke these words and this law was fulfilled in Christ on the cross. Jesus gave us a “new” command; one that exceeds the old: “Love one another as I have loved you.” This command is only able to be obeyed if we have first received the love of God, through Jesus.
The old covenant is based on self-effort and self-righteousness. The new is only possible through the finished work of Jesus, and us simply believing in it and enjoying the reality of it.
Hence, the greatest thing for a new covenant believer is receiving the love of Father, poured out into our hearts by the Holy Spirit who he has given us. (Rom 5:5)
Spend some time today letting God love you!

神学のリフレッシュ・シリーズ紹介 Theology Refresher Series Intro (Japanese only)

神学のリフレッシュをしましょう。

神様についての私達の考え方は、視野、もの見方などは、人生のもっとも大事なことです。
私達の天におられるお父さんは、どんな方であるか、その印象、その信仰によって、人生が大きく変わります。

このシリーズで、私達の神学的な信仰のニュアンスを見てみたいと思います。
もちろん、私達クリスチャンは皆、イエス様の十字架の購いによって救われたことを信じています。

しかし、多くのクリスチャンの信仰は、旧約聖書にある律法のように、イエス様の行動よりも、自分の行動に頼っています。
クリスチャン生活は、旅です。長期的なマラソンです。
マラソンと言っても、皆が全く同じコースを走るのではなく、本当に十人十色で、皆の旅が違います。
しかし、共通しているのは、成長することですね。
未だイエスを信じていない人でも、信じて70年間になった人でも、まだまだ信仰と愛の中に成長しているはずです。
一カ所に止まって、固まるのは、クリスチャン生活では、あり得ないことです。
詩篇84編に書いてあるように、

「なんと幸いなことでしょう。その力が、あなたにあり、その心の中にシオンへの大路のある人は。
彼らは涙の谷を過ぎるときも、そこを泉のわく所とします。初めの雨もまたそこを祝福でおおいます。
彼らは、力から力へと進み、シオンにおいて、神の御前に現れます。」

これは、信仰の旅です。
私達の心の中にシオンへの道があります。
力から力へと進んでいます。
涙の谷を過ぎるときもある。しかし、その涙も、その試練の時も、祝福となることもできます。

この旅の間、リフレッシュする必要があります。
毎日でも、リフレッシュすることができます。
体の休みと同じように、私達の霊も魂も休む必要があります。

神学のリフレッシュは、この目的のためです。
もう一度、天のお父さんの愛、イエス様の素晴らしい働き、聖霊様の臨在を感謝して、私達は実際に信じていることをちょっと考えましょう。

まず、この質問を考えましょう。
・あなたは、勝利のために戦っていますか?あるいは、勝利に休んで、イエス様に戦って頂いていますか?
・あなたは、罪を悔い改めていますか?あるいは、悔いる事、後悔する事も捨てて、イエス様の方に向き直していますか?
・あなたは、心を尽くして、思いを尽くして、力を尽くして主を愛していますか?あるいは、イエス様によって与えられた天のお父さんの無条件的な愛を豊かに頂いていますか?
・あなたは、自分の信仰を振り立たせていますか?あるいは、あなたは、イエス様にある信仰をいただいて休んでいますか?
・あなたは、自分の足りないことに目を止めていますか?あるいは、どんな時でも、どんなことにも、満ちあふれる、イエス様の恵みに目を止めていますか?

言葉使いだけですか?ニュアンスだけですか?
しかし、ニュアンスは大きいです。ちょっとしたニュアンスによって、私達は、自分中心、常に自分に目を止める辛い信仰生活を日々送るか、イエス様の信仰を中心にした生活をするか、人生が大きく変わります。

一つ一つのポイントは、出来るだけ短くしたいと思いますが、皆さんが、自分のイエス様との時間で、また御言葉の中に私が話した事を試してください。
試して、もし聖霊様が新しい啓示や角度を見せてくださったら、ぜひその言葉を実施してください。

・信仰の宣言を作ってください。
・主が語ることばによって、新しい祈りを作ってください。
・一日中、主が教えてくださることを思いめぐらせてください。
・メモして、主の約束、聖書の言葉などを新しい目で見てください。


さて、神学のリフレッシュを始めよう!

神学リフレッシュ1:「神を愛することは、一番じゃない!」
クリスチャン生活の中で、最も大切な事は何でしょうか?
多くのクリスチャンは、この質問を聞くと、「当たり前!神を愛することだ!」と答えます。
しかし、これよりも、遥かに大切な事があります。


[English explanation]
We’re introducing a series of short teaching videos and blog posts on the theme “Theology Refresher”
As followers of Jesus, we are constantly being renewed in our minds with new revelations of who God is and who we are in Christ.
Small lies that we believe can keep us from the fullness of life that God has provided for us. 
This series will address certain issues where believers might tend towards the rules and religion of the old covenant rather than the freedom and grace of the new covenant.
We will particularly hone in on issues that are relevant to Japanese believers.
This is certainly not a definitive course on theology, but rather we’ll be looking at some rather big issues of the Christian life from a fresh perspective, and encourage people to follow-up with their own Bible study and prayer as God leads them to greater revelations of who He is.
If you’re interested in more details then please contact us.

If you’re not Japanese but praying for Japan and the Japanese believers, please pray for a revelation and shift in core values in the church as God reveals His life-giving love to the church and prepares Japan for harvest! Thank-you that you’re partnering with us for a harvest in this great nation.

2015年1月のニュース January 2015 News

[English Below]

ビルジョンソン集会で会いましょう!
今週、8日、9日は、東京の中野にて
「天の御国、日本に来た!」のビルジョンソンの大会です。
詳細は、ここで確認してください。
ONFIRE JAPAN は、大会中、書籍の販売と情報配布などのために、テーブルを設けます。ぜひ会いに来て下さい!
ONFIRE JAPAN登録済みの人には、ちょっとしたプレゼントをします!来る時に言って下さい。

2015年1月16日(金) ハーベストトレーニング 
(いつもより一週間遅いので、ご注意下さい。)
 
6:00pm 晩ご飯と交わりの時間を持ちますので、時間のある方はご自由にお弁当を持参して、一緒に交わりましょう。 
7:00pm 賛美セレブレーション、分科会
9:30pm 解散 

子供のプログラム:子供の部屋を用意していますが、プログラムはありません。また、小さいお子様の託児はありません。

場所:西宮市 勤労会館:第2会議室(3階) 

アクセス:大阪から阪神西宮駅やJR西ノ宮駅までは15分です。阪神西宮駅から東に徒歩 7分、JR西ノ宮駅から南西に徒歩 7、 地図は、このリンクにどうぞ。 
駐車場はありますが、満車の場合が多いので、西宮市役所の駐車場、または近くにあるタイムズなどをご利用ください。

セミナーは、登録不要です。諸経費のために献金を集めさせていただきます。 

今後のハーベストトレーニングセミナー:
2015年2月13日(金)ハーベストセミナー 6pm 〜 10pm
2015年3月13日(金)ハーベストセミナー 6pm 〜 10pm
2015年3月21日〜29日、ベテル教会チームのイベント、セミナーなど;関西、関東、北海道、沖縄など
 
詳しいお問合せ: mail@onfire.jp

新刊情報:「ここに天国が来る!」が出来ました!
子供版「天が地に侵入するとき」、奇跡の生活への子供用ガイド
ビル・ジョンソン & マイク・セス、細見マリヤ 訳
定価本体 1,000 円+税

全国のクリスチャン書店、または、Onfire.jp からお買い求め下さい。

特別オンライン価格:1,100円 税込、送料込み

・ 直接書き込める日記帳(70ページ)付き(日記帳ページのリングは画像です。)
・ ふりがな付き
・ 対象年齢:小学校高学年〜

子供でも天国を地上に持って来られるの?もちろん!
神様が下さった才能と賜物を用いて、あなたも天国を地上に持って来る事が出来ます。天のお父さんはあなたに最高の人生を歩んで欲しいのです!
神様の子供として、想像を超える素晴らしい奇跡と祝福の人生があなたを待っています。イエス様の愛にあって自分が何者なのかを発見し、天国を地上に持って来るのです!
あなたにも、そのロイヤルミッションが任されています。神様の御国のカギー信仰と祈りーで天国の宝を解き放ち、あなたの心、思い、霊が作り変えられていきます!

January 2015 News 
Bill Johnson Tokyo Meetings

Bill will be here this Thursday and Friday for his first ever meetings in Japan.

ONFIRE JAPAN (Jef) will have a table during the meetings so please come over and say “hi”.
For those of you overseas, please pray that Bill’s message during the meetings will be used not just to encourage people in the miraculous, but to see a SHIFT IN THE CULTURE OF THE JAPANESE CHURCH. Bill carries a valuable message that needs to go deep into the very fabric of how church is done in Japan.
 
Friday January 16th, Harvest Training Seminar 
(Note: One week later than usual.)

6:00pm BYO Obento dinner and fellowship together
7:00pm Worship Celebration, Workshops
9:30pm End

Kids' Program: A room will be provided for kids but there will be no kids' program or child-care service.

Location: Nishinomiya City Workers' Building (Nishinomiya Kinro Kaikan), 3F conference room #2, 2-37 Matsubara-cho, Nishinomiya
Access by car: Car park available, but if it is full then please use the Nishinomiya City Hall parking lot; Access by train: 7 minutes walk east from Hanshin Nishinomiya Station 7 minutes walk to the southwest from JR Nishinomiya

For more information: mail@onfire.jp

Upcoming Seminars:
Friday, February 13 - Harvest Training Seminar
Friday, March 13 - Harvest Training Seminar
March 21 - 29 Bethel Church BSSM Team Visit and Events, nationwide.

New book: “Here Comes Heaven” Japanese
Japanese Title: “Koko ni Tengoku ga Kuru!”
Kids’s version of Heaven Invades Earth by
Bill Johnson and Mike Seth, translated by Mariya Hosomi

Available from Onfire.jp and Japanese Christian Bookstores nationwide.

¥1000 + tax
Special introduction price ¥1100 including tax and postage.
 

ビル・ジョンソン師の東京集会 Bill Johnson - "Kingdom has come!" Tokyo Meetings

「天の御国、日本に来た!」

★★★ 全ての集会は、登録/予約不要、自由席です。入場無料備上献金があります。★★★

『ビル・ジョンソン師のプロフィール』 ビル ー ジョンソン師は、豊富な霊的遺産を受け継いだ家系の5代目の牧師で、 カリフォルニア州レディングのベテル教会の主任牧師を努めている。 著書に 「天が地に侵入するとき」 があり、 力強く体験からの 証しを用いて神の御国について語る。師の語る確固たる確信と支持を得たメ ツ セージは信仰者に聖書的土台を与え、奇跡や超自然的な神のカへと歩ませる。 そして、私達に新たな挑戦を与え、超自然的な領域への召しへと導き、聖さと力の奉仕者に成長させる。

【プログラム】 (予定は都合により変更になる可能性があります)

2015年1月
8日(木)
Session 1
14:00 ~ 17:00 天の御国を求める祈り会

Session 2
18:00 ~ 19:00 ワーシップ
19:00 ~  ビルジョンソン師

9日(金)
Session 3
11:00 ~ 14:30 ビルジョンソン師
天の御国を求める祈り会
Session 4
18:00 ~ 19:00  ワーシップ
19:00 ~  ビルジョンソン師

中野ゼロホール(大ホール)東京都中野区中野2-9-7  TEL: 03-5340-5000

入場無料備上献金があります

主催:東京福音リバイバル聖会
大会長:奥山 実 (世界宣教センター) 
委員長:稲福エルマ (新宿シャローム教会)
事務局長:岡田昌弘 (清瀬キノグタムチャーチ:
〒204-0022 東京都清瀬市松山 2-6-46 キングダムビル 
連絡先 042-495-8041、FAX 042-495-8042

http://tokyo-revival.jp

________________________________________
Bethel Church Bill Johnson’s first visit to Japan 
Bill Johnson - Kingdom has come! 

*** Note: All meetings are open, no reservation or tickets necessary. Entrance is free; offering will be taken. ***

Senior leader of Bethel Church in Redding, CA. 
Author of "When Heaven Invades Earth” and many other books.

[Program] (subject to change) 

Thursday 8th January, 2015 
Session 1 14:00 to 17:00 Prayer to seek the kingdom of heaven 
Session 2 18:00 to 19:00  Worship 
19:00 Bill Johnson message

Friday 9th
Session 3 11:00 to 14:30 Bill Johnson
Prayer to seek the kingdom of heaven 
Session 4  18:00 to 19:00 Worship 
19:00 Bill Johnson

Nakano Zero Hall (Main Hall)
Nakano 2-9-7, Nakano-ku, Tokyo
TEL: 03-5340-5000 
8 minutes walk from JR Nakano Station

Free admission, offering will be taken
Information:
Tel. 042-495-8041, Fax. 042-495-8042


http://tokyo-revival.jp

12月のニュース December News

[English Below]

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特別オンライン価格:1,100円 税込、送料込み
(12月18日以降の発送となります。)

[注文]




・ 直接書き込める日記帳(70ページ)付き(日記帳ページのリングは画像です。)
・ ふりがな付き
・ 対象年齢:小学校高学年〜


子供でも天国を地上に持って来られるの?もちろん!
神様が下さった才能と賜物を用いて、あなたも天国を地上に持って来る事が出来ます。天のお父さんはあなたに最高の人生を歩んで欲しいのです!
神様の子供として、想像を超える素晴らしい奇跡と祝福の人生があなたを待っています。イエス様の愛にあって自分が何者なのかを発見し、天国を地上に持って来るのです!
あなたにも、そのロイヤルミッションが任されています。神様の御国のカギー信仰と祈りーで天国の宝を解き放ち、あなたの心、思い、霊が作り変えられていきます!


12月12日(金) ハーベストトレーニング 

6:00pm 晩ご飯と交わりの時間を持ちますので、時間のある方はご自由にお弁当を持参して、一緒に交わりましょう。 
7:00pm 賛美セレブレーション、分科会
9:30pm 解散 

子供のプログラム:子供の部屋を用意していますが、プログラムはありません。また、小さいお子様の託児はありません。

場所:西宮市 勤労会館:第2会議室(3階) 

アクセス:大阪から阪神西宮駅やJR西ノ宮駅までは15分です。阪神西宮駅から東に徒歩 7分、JR西ノ宮駅から南西に徒歩 7、 地図は、このリンクにどうぞ。 
駐車場はありますが、満車の場合が多いので、西宮市役所の駐車場、または近くにあるタイムズなどをご利用ください。

セミナーは、登録不要です。諸経費のために献金を集めさせていただきます。 

今後のハーベストトレーニングセミナー:
2015年1月16日(金)ハーベストセミナー 6pm 〜 10pm
2015年2月13日(金)ハーベストセミナー 6pm 〜 10pm
2015年3月13日(金)ハーベストセミナー 6pm 〜 10pm
2015年3月21日〜29日、ベテル教会チームのイベント、セミナーなど;関西、関東、北海道、沖縄など

詳しいお問合せ: mail@onfire.jp


December News 
New book: “Here Comes Heaven” Japanese
Japanese Title: “Koko ni Tengoku ga Kuru!”
Kids’s version of Heaven Invades Earth by
Bill Johnson and Mike Seth, translated by Mariya Hosomi

Available from December 18th from Onfire.jp and Japanese Christian Bookstores nationwide.


¥1000 + tax
Special introduction price ¥1100 including tax and postage. [Order Here]


Friday December 12th, Harvest Training Seminar 
6:00pm BYO Obento dinner and fellowship together
7:00pm Worship Celebration, Workshops
9:30pm End

Kids' Program: A room will be provided for kids but there will be no kids' program or child-care service.

Location: Nishinomiya City Workers' Building (Nishinomiya Kinro Kaikan), 3F conference room #2, 2-37 Matsubara-cho, Nishinomiya
Access by car: Car park available, but if it is full then please use the Nishinomiya City Hall parking lot; Access by train: 7 minutes walk east from Hanshin Nishinomiya Station 7 minutes walk to the southwest from JR Nishinomiya

For more information: mail@onfire.jp

Upcoming Seminars:
Friday, January 16 - Harvest Training Seminar
Friday, February 13 - Harvest Training Seminar
Friday, March 13 - Harvest Training Seminar
March 21 - 29 Bethel Church BSSM Team Visit and Events, nationwide.